岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)10号 判決 1969年9月22日
昭和四〇年(ワ)第五七三号事件原告
同四一年(ワ)第三七九号事件反訴被告
船越ツル
右代理人
小倉金吾
同四〇年(ワ)第五七三号事件被告
同四二年(ワ)第一〇号事件被告
富山泉
同四〇年(ワ)第五七三号事件被告
同四一年(ワ)第三七九号事件反訴原告
同四二年(ワ)第一〇号事件被告
株式会社富山商会
右両名代理人
甲元恒也
同四二年(ワ)第一〇号事件原告
根木賢太郎
<ほか三名>
右三名法定代理人親権者父
根木賢太郎
同上事件原告
額田肇
<ほか一名>
右六名代理人
出射虎夫
主文
(一) 被告富山泉、同株式会社富山商会は、各自、原告船越ツルに対し、金九一万円とこれに対する昭和四〇年一〇月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告(反訴被告)船越ツルは、被告(反訴原告)株式会社富山商会に対し、金一一万六六七二円とこれに対する昭和四一年七月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 被告富山泉、同株式会社富山商会は、各自、原告根木賢太郎に対し金二二万円同根木伸治に対し金二三万円、同根木隆志に対し金二三万円、同根木進に対し金二三万円、同額田肇に対し金一五万円、同額田シズカに対し金一五万円およびこれに対する昭和四二年二月二五日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 原告船越ツル、同根木賢太郎、同根木伸治、同根木隆志、同根木進、同額田肇、同額田シズカの被告らに対するその余の請求、ならびに被告(反訴原告)株式会社富山商会の原告(反訴被告)船越ツルに対するその余の請求はいずれも棄却する。
(五) 訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告船越ツルと被告両名間に生じたものはこれを三分し、その一を原告ツル、その余を被告両名の負担とし、原告賢太郎、同伸治、同隆志、同肇、同進、同シズカと被告両名間に生じたものはこれを三分し、その一を同原告らの、その余を被告両名の各負担とする。
(六) この判決は原告賢太郎、同伸治、同隆志、同進、同肇、同シズカにつき、勝訴部分にかぎり、それぞれかりに執行することができる。
事実
第一、当事者の申立<省略>
第二、当事者の主張
一、昭和四〇年第(ワ)五七三号事件
(請求原因)
(一) 事故の発生
被告富山泉は昭和四〇年七月二二日午後九時四五分頃被告株式会社富山商会(以下単に被告会社ともいう)所有の普通貨物自動車トヨペットクラウン(登録番号岡四せ三四六六号、以下単に甲車両ともいう)を運転し、岡山市平和町八番一五号地先通称下電本社前交差点を西から東に向い進行中、折から同交差点を北から南に向い進行してきた船越国治運転の普通乗用自動車三菱コルト四〇年製(登録番号岡五そ二四七六号、以下単に乙車両ともいう)の側面に衝突し、そのため右国治および附近歩道を通行中の根木当代が死亡した。
(二) 責任原因
(1) 被告会社は甲車両を所有しこれを自己のため運行の用に供していた。
(2) 本件事故は被告富山の飲酒運転による前方不注視の過失によつて生じた。
(3) よつて、被告会社は自賠法第三条、被告富山は民法第七〇九条により、国治および原告ツルのうけた後記損害を賠償する義務がある。
(三) 損害
(1) 国治の逸失利益
五〇〇万〇七八九円
国治は事故当時二一才の男子で月平均二万四〇〇〇円の収入があつたが、未だ年若く将来収入の増加することは確実であるから、余命45.34年の間を通じ、少くとも昭和三九年七月岡山県労政課の調査による県下の勤労者男子の一カ月の平均賃金二万九八四二円の割合による収入を得ることができたはずであり、それより総理府統計局編集日本統計年鑑による一人あたり一カ月平均六八七〇円の割合による生計費を差引きして得た逸失利益の総計一六五〇万二六〇五円につき、年五分の利息控除をホフマン式計算によつて算出すると、一時払額は右金額となる。原告ツルは国治の母であり、右賠償請求権を相続により取得した。
(2) 病院における処置料
八三〇円
原告ツルは国治の死亡にともない岡山赤十字病院に右処置料を支払い同額の損害をうけた。
(3) 慰謝料 五〇万円
国治を失つたことによる母ツルの精神的苦痛に対する慰謝料は、控めに見ても右金額を下らない。
(四) よつて原告ツルは被告らに対し右合計金五五〇万一六一九円の内金二〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四〇年一〇月二九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの答弁)
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)のうち(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。後記反訴請求原因記載のように、本件事故は国治の一方的過失によつて生じた。
(三) 同(三)の事実中、原告ツルが亡国治の権利義務を相続したことを認め、その余は知らない。
(被告会社の抗弁)
(一) 本件事故は後記反訴請求原因記載のように国治の過失によつて生じたものであつて、被告富山には運転上の過失はない。
(二) 被告会社は甲車両の運行について過失はない。
(三) 甲車両に構造上の欠陥又は機能の障害はない。
(被告らの抗弁)
国治の前記過失は損害額の算定につき十分考慮されるべきである。
(抗弁に対する原告ツルの答弁)
抗弁事実はすべて否認する。
二、昭和四一年(ワ)第三七九号反訴請求事件
(請求原因)
(一) 原告ツル主張の甲、乙車両の衝突事故により、根木当代が死亡し、甲車両が破損した。
(二) 本件事故は亡国治の一方的な過失に起因するものである。
本件事故現場は交通整理の行われていない見とおしのきかない交差点であり、同交差点を南北に通ずる道路(単に南北道路ともいう)から交差点に入るところは岡山県公安委員会より一時停止場所に指定され、その旨の標識が設けられており、かつ、南北道路は最高速度毎時三〇キロメートルと指定されていた。しかるに、国治は酒に酔い正常な運転のできない状態であつたのに、交差点入口で一時停止し、同交差点を東西に通ずる幹線道路(単に東西道ともいう)の状況を確めることなく、時速六〇キロメートルの高速度で漫然同交差点に進入したため、被告富山が東西道路を時速約二五キロメートルに減速して同交差点にさしかかり、乙車両の進行を認めて急停車したが間に合わず、甲、乙車両の接触事故を生じたものである。そして、東西道路は幅員車道八メートル歩道六メートルの歩車道の区別ある道路であるのに、南北道路は歩車道の区別のない幅員一一メートルの道路である。従つて、東西道路はその幅員が南北道路に比べ明らかに広い場合にあたるから、東西道路を進む車両に優先通行権がある。しかも、南北道路には一時停止の標識があるから、東西道路を進む甲車両は同交差点の通過にあたり南北道路を通る車両が同交差点の手前で一時停車することを信頼して進行すれば足り、徐行義務すら免除されているものである。してみると、本件事故は専ら亡国治の過失によつて生じたものであつて、被告富山は無過失ということができる。
(三) よつて、亡国治は本件事故により被告会社のうけた左記合計金二一万五八四〇円の損害を賠償する義務がある。
(1) 甲車両修理費
一四万五八四〇円
本件衝突により破損した甲車両の左前頭部等を修理し支出した代金額である。
(2) 修理期間中休車による損失
七万円
修理期間延一四日間甲車両を使用できなかつたために生じた損失額である。
(四) 被告会社は後記のように、本件事故により死亡した根木当代の遺族である原告根木賢太郎外五名から、当代の死亡による損害賠償の請求をうけている。本件事故は挙げて国治の過失に起因するものであるから被告会社が右賠償請求をうける筋合はないが、若し何らかの負担を免れないとすれば、本件事故は国治と被告富山の共同不法行為に基づくものであるから、被告会社は国治に対し過失の割合によつて定まる負担部分に応じ賠償額の求償を請求することができる。そして、被告富山の過失割合は国治のそれに比しまことに微々たるものであるから、被告会社は原告根木賢太郎らの請求拡張前の請求額一四〇万八〇〇〇円につき予じめ求償を求める。
(五) 原告ツルは国治の死亡により前記各債務を相続により承継した。
(六) 右の次第で、被告会社は原告ツルに対し(三)、(四)の債権合計一六二万三八四〇円とこれに対する反訴状送達の翌日である同四一年七月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告ツルの答弁)
反訴請求原因事実のうち、(一)の事実は認める、(二)の事実は不知、その余はすべて否認する。右事故は被告富山の過失によつて生じたものである。
三、昭和四二年(ワ)第一〇号事件
(請求原因)
(一) 昭和四〇年(ワ)第五七三号事件請求原因(一)記載の甲、乙車両の衝突事故により、附近の歩道を通行中の根木当代は、骨盤骨折第六ないし第一一肋骨々折等の傷を負い、同日岡山市西中山下川崎病院において死亡した。
(二) 右事故は被告富山泉と亡国治の共同不法行為によつて生じた。すなわち、東西道路を交通整理の行われていない見とおしのきかない本件交差点に進入するにあたり、南北道路に一時停止の標識があつてもこれだけに頼るべきでなく、南北道路よりの進行に応じて直ちに停車できるよう徐行すべき注意義務を怠つた被告富山の過失と、南北道路より本件交差点に進行する際標識に従い一時停止し東西道路より進入する車両の有無を確認して進入することを怠つた国治の過失が競合して本件事故を起したものである。
(三) 被告会社は甲車両を所有し自己のため運行の用に供していた。
(四) よつて、被告富山は民法第七〇九条、被告会社は自賠法第三条により、右当代および原告賢太郎外五名のこうむつた後記損害を賠償する義務がある。
(五) 損害
(1) 当代の逸失
利益当代は昭和二六年原告賢太郎と結婚し本件事故当時は三児の養育と家事に専念していたが、かつて結婚後にも工員や保険の外勤社員として就職した経験があり、子供の成長にともない教育資金の増大等に備え再び就職して家計を助ける意思を固めていたとき本件事故にあつた。当代は死亡当時三五年二月の健康な女子であつたから、本件事故にあわなければ、なお政府の自動車損害賠償補償事業査定基準による稼働可能年数である二八年間毎月少くとも、労働大臣官房労働統計調査部毎月勤労統計調査地方調査結果概況速報による昭和四〇年七月における岡山県下の全産業常用女子労働者の一カ月の平均賃金二万一一八九円から一カ月の生計費八〇〇〇円を差引いた一万三一八九円の純益を挙げることができたはずである。右純収入額四四三万一五〇四円につきホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除し一時に請求しうる金額を算出すると金一八四万四六〇円となる。そして原告賢太郎は夫として、原告伸治、同隆志、同進は子として右賠償債権を相続分に応じて相続した。
(2) 慰謝料
当代の事故死により原告賢太郎ら近親者が悲痛な精神的苦痛をこうむつたことは当然であり、これに対する慰謝料の額は子である原告伸治、同隆志、同進につき各五〇万円、夫である原告賢太郎、父である原告肇、母である原告シズカにつき各三〇万円が相当である。
(六) 原告賢太郎らは本件事故につき、自賠責保険による保険金二〇〇万円を受領したので、これを先ず当代の右逸失利益に充当し、残額一五万三五四〇円を各慰謝料に充当した残額のうち、原告伸治、同隆志、同進は各金四四万三八四〇円、同賢太郎、同肇、同シズカは各金二六万六三〇四円およびこれに対する訴状送達の翌日である同四二年二月二五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
(被告らの答弁)
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実中亡国治の過失により本件事故の生じたことは認めるがその余は否認する。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四) 同(五)の事実は不知。
(五) 同(六)の事実中自賠責保険より二〇〇万円の給付がなされたことは認める。
(被告会社の抗弁)
(一) 昭和四〇年(ワ)第五七三号事件の免責の抗弁と同一である。
(被告らの抗弁)
原告賢太郎らはそれぞれ被告らに対し本件損害賠償請求金の内金二三万八〇〇〇円とこれに対する遅延損害金の支払を求めていたところ、昭和四四年六月一七日第一六回口頭弁論において前記当事者の申立三記載のように請求の拡張を申立てた。しかし、右拡張部分の債権は同四三年七月二一日の経過により消滅時効が完成しているから、被告らは右時効を援用する。
(抗弁に対する原告賢太郎らの認否)
(一) 被告会社主張の抗弁事実は否認する。
(二) 原告らが被告ら主張のように請求金額を増額したことは認めるが、右は債権の一部請求後にさらに残部につき請求をしたものではない。その実質は原告伸治外二名につき慰謝料額を三〇万円から五〇万円に増額し、当代の逸失利益について推定労働収入を訂正増額したまでであつて、一体的審理過程を害さない事由による請求金額の訂正増額によつては原告らの権利行使又は請求の一体性は失われないものとみるべきであり、右増額部分についてのみ消滅時効の完成を見るわけはない。
第三、証拠関係<略>
理由
一、事故の発生
昭和四〇年七月二二日午後九時四五分頃岡山市平和町八番一五号地先交差点において被告富山運転の甲車両と船越国治運転の乙車両が衝突し、その結果右国治および根木当代が死亡したこと、被告会社が甲車両を所有し自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によると、右事故により甲車両の左前照燈、バックミラー、ボンネットカバー等が破損したことが認められ格別反対の証拠はない。
二、事故の原因
(一) <証拠>によると、次のことが認められ反対の証拠はない。本件現場は岡山市錦町方面から同市内山下方面に向い東西に通ずる市道(東西道路)と同市磨屋町方面から同市中央町方面に向い南北に通ずる市道(南北道路)とがほぼ直角に交差する交差点であつて、本件衝突地点は同交差点の中央やや北寄りの地点である。東西道路は全幅員約一四メートルの歩車道の区別ある舗装道路(幅員約八メートルのアスファルト舗装の車道の両側に幅員約三メートルの歩道のある)であり、南北道路は歩車道の区別のない幅員約一一メートルのアスファルト舗装道路であり、ともに平坦な直線道路であるが、事故当時雨天のため湿潤の状態であつた。本件交差点の周囲は商店、商社櫛比し、いずれの方面から進行しても左右の見とおしのきかない交差点であつて、当時交通整理は行われていなかつたが、南北道路から交差点に入る場合岡山県公安委員会の道路標識により一時停止の場所に指定され、又、同交差点中心に東西道路南北道路とも同公安委員会の指定または標識により最高速度毎時三〇キロメートルと定められていた。
(二) <証拠>によると、次の事実が認められ、格別反対の証拠はない。甲乙車両衝突直後の状況は、甲車両は前部を進行方向と反対に西方に向け交差点南東角の車道に停止し、乙車両は後部トランクバンバー附近を交差点南東角の寿楽食堂の南側にある白政薬局の建物に衝突させ、前部を進行方向と反対に北方に向け南北道路に停止し乙車両と右寿楽食堂建物との間の歩道に国治と当代が頭部を向き合せた状況で倒れていた。甲車両は車長4.69メートル、車高1.69メートル、車幅1.81メートルの一九六三年型トヨペットクラウンライトバン車で、左前部フェンダー、バンバー附近に激突によるものと見られる凹痕があり、左前照燈、バックミラー、ボンネットカバー前面等が破損していた。乙車両は車長3.83メートル、車高1.49メートル、車幅1.42メートルの一九六〇年型三菱コルト車で、右前ドアーから左後部ボデー、トランク、バンバーにかけて激突により生じたと見られる凹痕があり、右後部ドアの凹痕が特に著しく修理不能の程度に破損していた。右事実によると、甲車両の左前部が乙車両の右側部に激突したことを認めることができる。
(三) <証拠>によると、車両重量は甲車両の一、一九〇キログラムに対し乙車両五五五キログラムであつて、約二倍の重量差があることが認められ、反対の証拠はない。
(四) <証拠>を合せ考えると、被告富山は甲車両を運転し毎時約三〇キロメートルの速度で東西道路を西から東に向い進行し、本件交差点にさしかかり、左方の南北道路から甲車両以上の速度で南進し、一時停止することなく交差点に入らんとしていた国治運転の乙車両をその前照燈の光で発見し、危険を感じとつさに急制動の措置を採つたが間に合わず交差点内で衝突したことを認めることができる。甲第一一号証の一ないし三の供述記載および被告富山本人尋問の結果中同人が時速二五キロメートルで本件交差点にさしかかつた旨の部分は右各証拠にてらし信用しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。
三、以上の事実によると、本件事故は本件交差点に同時に進入せんとした甲乙車両の衝突によるものであつて、交差点の手前で道路標識に従い一時停止し左右の安全を確認して進行することを怠つた国治の過失と、交差点に進入するにあたり、直ちに停車できるような速度に減速徐行し左右の安全を確認して進行することを怠つた被告富山の過失が競合して生じたということができる。もつとも、車両等が交通整理の行われていない左右の見とおしのきかない交差点に進入しようとする場合において、その進行している道路の幅員がこれと交差する道路の幅員より明らかに広いため道路交通法第三六条により優先交通権の認められているときには、他に特別の規定ある場合は格別直ちに停止することができるような速度にまで減速する義務はないといつてよい。そして、同法条にいう道路の幅員とは歩車道の区別ある場合の道路にあつては、車道の幅員によるものであるところ、本件の場合、前記二の(一)に認定したところによると、歩車道の区別のある東西道路の車道の幅員が約八メートルであるのに比し、歩車道の区別のない南北道路の幅員は約一一メートルであるから、被告富山の進行する東西道路の幅員が明らかに広い場合にあたらないことが明白である。このように一方の道路に優先通行権の認められない場合には、これと交差する左右の道路に一時停止の標識があつても、同法第四二条の徐行義務をなお免除されないものである。けだし、他方の道路を進行する車両等の運転者にとつて、その標識を認識することは必ずしも容易であるとは限らず、右認識がある者についてのみ、歩行者との間の危険防止を目的とする同法条の徐行義務を免除することにすると、本来一律に行われるべき交差点の交通規制をかえつて混乱することにもなりかねないからである。従つて、被告富山は、他の自動車運転者が一時停止の標識に従うであろうことを信頼した運転してよく、徐行義務がないとする被告らの主張は前提を欠き失当というほかないが、以上認定の諸事実にてらすと国治と被告富山との過失の割合は八対二と見るのが相当である。
四、被告会社が甲車両の運行供用者であることは当事者間に争いがない。そうすると、被告会社は自賠法第三条により、被告富山は民法第七〇九条により、国治および当代死亡にともなう左記損害を、また、国治は同法第七〇九条により甲車両破損による後記損害を賠償する義務がある。
五、原告ツルの損害
(一) 亡国治の逸失利益
<証拠>によると、国治は死亡当時二一年六月の健康な男子であつて、約一年前から岡山菱和自動車株式会社に販売外交員として勤務し、一カ月平均二万三〇〇〇円を下らない給与の支給をえていたことが認められ、反対の証拠はない。そして、社会通念上同人の一カ月間の生活費は月収の二分の一にあたる一万一五〇〇円をこえることはないということができる。そうすると、国治は本件事故にあわなければ、運輸省自動車局保険課の定める政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によれば、なお、四二年間働いて右程度の収入をあげることができたと見るのが相当である。よつて、その間の逸失利益につき年ごとに民事法定利率年五分の割合の中間利息を控除し事故時における一時払額を計算すると三〇七万六四三四円(11,500円×12×22,293=3,076,434円)となるが、国治の前記過失を考慮し八〇パーセントを減額すると六一万円(一万円未満切捨)となる。原告ツルが国治の母で相続人であることは当事者間に争いがないから、原告ツルは右賠償請求権を相続により取得したということができる。
(二) 原告ツルの慰謝料
原告ツル本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告ツルが末子国治の突然の死亡により多大の精神的苦痛をこうむつたことは容易に認められるところであり、本件事故の態様、被告富山と国治の過失の程度その他の諸事情を考慮すると、原告ツルに対する慰謝料は三〇万円が相当である。なお、同原告において岡山赤十字病院に処置料八四〇円を支払つたことはこれを認めうる証拠がない。
(三) してみると、原告ツルの被告両名に対する請求は、以上損害の合計九一万円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年一〇月二九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余に失当としてこれを棄却する。
六、原告賢太郎外五名の損害
(一) 根木当代の逸失利益
<証拠>によると、当代は昭和二四年一二月原告賢太郎と結婚し、その間に原告伸治、同隆志、同進の三人の子をもうけ、死亡当時主婦として専ら家事に従事していたが、結婚前岡山専売公社工場に勤務したほか、結婚後長男出生まで約一年間岡山市内の食品工場に女工として、また、同三九年三月頃から半年間生命保険会社の外交員をしたこともあつて、死亡当時も家事のかたわら子供の教育費等に備え再び働くことを考えていたことが認められ、反対の証拠はない。もともと、家事労働に従事する主婦の死亡による逸失利益を認めうるかどうかは困難な問題であるが、死亡当時無職無収入であるが潜在的稼働能力を有する者についてできるかぎり客観的な資料に基づき合理的な方法により逸失利益を算定することが可能と考えられるのと同様に、家事労働に専従する主婦についても、潜在的稼働能力があり経済的に評価可能と認め、一般女子勤労者の平均賃金や家政婦の報酬等を参考に当該主婦の勤労の経験、家族構成、生活の程度その他の諸事情を考慮しこれを算定すべきである。そして、労働大臣官房労働統計調査部発表の毎月勤労統計調査によると、昭和四〇年七月の岡山県下の産業別女子常用労働者の平均月間給与額は二万一一八九円、臨時および日雇労働者の平均給与額は六七四円であることが認められ、これに前記当代の家事労働の実状、勤労の経験その他の諸事情を合せ考えると、当代は本件事故にあわなかつたとすれば、少くとも毎月二万円の収入をえ、生活費がその二分の一の一万円を越えることはないであろうから残額一万円の純収入があると見るのが相当である。弁論の全趣旨によると、当代は死亡当時三五年二月の健康な女子であることが認められるところ、厚生省発表第一〇回生命表によれば、右年令の女子の平均余命は38.78年であり、前記認定の諸事情によるとなお二五年間働いて右程度の収入をうることができたはずである。そこで、この間の逸失利益につき、年ごとホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除し事故時における一時払額を算出すると一九一万円(10,000円×12×15.9441=1,913,292円、一万未満切捨)となり、原告賢太郎は夫として、同伸治、同隆志、同進は子として相続分に応じて右賠償請求権を相続したというべきである。
(二) 原告賢太郎らの慰謝料
<証拠>によると、原告賢太郎は妻を、同伸治、同隆志、同進は母を、同額田肇、同シズカは娘を不慮の事故により失い深い精神的苦痛をうけたことを察するに十分であり、本件事故の態様、過失の程度その他本件口頭弁論に現われた諸事情を考慮し、被告らをして原告賢太郎、同伸治、同隆志、同進に対し各二五万円、同肇、同シズカに対し各一五万円の慰謝料を支払い慰謝させるのが相当である。
(三) 原告賢太郎、同伸治、同隆志、同進が当代死亡による強制保険金二〇〇万円の支払をうけたことは当事者間に争いがなく、これを同原告ら主張のように当代の前記逸失利益に充当し、残額九万円を同原告らの右慰謝料に相続分に応じ充当すると、慰謝料残額は原告賢太郎につき二二万円、同伸治、同隆志、同進につき各二三万円となる。
(四) よつて、原告賢太郎外五名の被告らに対する請求は、請求拡張前の請求額の範囲内である同賢太郎につき二二万円、同伸治、同隆志、同進につき各二三万円、同肇、同シズカにつき各一五万円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年二月二五日から支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。
七、被告会社の損害
(一) 物損
<証拠>によると、被告会社は破損した甲車両の修理費として一四万五八四〇円を支出し同額の損害をうけたことを認めることができるが、休車による損害についてはこれを認めうる証拠は何もない。してみると、国治の相続人である原告ツルは被告会社に対し、右損害のうち被告富山の過失を考慮し二〇パーセントを減額した一一万六六七二円を賠償する義務がある。
(二) 求償請求
前記認定の事実によると、被告会社は原告賢太郎外五名に対し、合計一二一万円の損害賠償債務を負つていること、右債務は被告富山と亡国治の共同不法行為によつて生じたことを認めることができる。そして、共同不法行為者各自の賠償義務はいわゆる不真正連帯の関係にあるから、一方が共同の免責をえたときに始めて、他方に求償することができる。しかるに、被告会社においてそのような弁済をしていないことは主張自体明らかであるから、求償権の成立を前提とする反訴請求は失当というほかない。
(三) よつて、被告会社の原告ツルに対する反訴請求は前記一一万六六七二円とこれに対する反訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四一年七月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。
八、以上の次第で、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(五十部一夫)